ありのままの あなたで

不登校 ひきこもりは 家庭の宝

かみさまとのやくそく 音楽会&お話会 Vol.2 癒されました

 

3月24日(日)午後から

名古屋であった すなやまひろこさん主催の イベントに出かけてきました。

 

出演者は、羽生すみれちゃん、ゆきさん。そして大門正幸先生。

 

羽生すみれちゃんは、映画「かみさまとのやくそく」に出演しているすみれちゃん。

「かみさまは小学5年生」累計35万部突破 の著者の すみれちゃん。

そして、この日の前日、めでたく小学校を卒業したすみれちゃん。

4月から「かみさまは中学生」になります。

 

羽生ゆきさんは すみれちゃんのお母様。

神様が「このお母さんのところへ行きなさい。」とすみれちゃんに言われたそうで、

ゆきさんご自身も、不思議な力をもっていらっしゃって、すみれちゃんと一緒にトーク

を中心に活動をしていらっしゃいます。

 

大門正幸先生は中部大学教授。生まれ変わり現象を科学的に研究する日本の第一人者。

映画「かみさまとのやくそく」にご出演。

 

すみれちゃんと大門先生のイベントは、難しいお話ではなく(もちろんお話はあります

が、トークセッション)、生演奏、生歌が中心の楽しい会です。

 

すみれちゃんが歌を歌い始めたのは、「小学生なのでまだ言葉で思うように伝えられな

い。だから、歌で思いを伝えたい。」ということなのだそうです。

今回、5曲歌って下さいましたが、確かに、内容が深いのです。すみれちゃんの思いそ

のものの歌でした。

1.翼をください

2.となりのトトロ

この2曲は、主催者のすなやまさんからのリクエストだそうだすが、これもメッセージが込められていますよね。

3.松田聖子さんの「瑠璃色の地球

4.Kiroroの「生きてこそ」

5.竹内まりやさんの「いのちの歌」

 

すみれちゃんの歌声は、澄んでいて優しく温かく、そして力強く、心が癒されるので

す。うっとりして、涙も出てきました。

ゆきさんとのトークが間に入り、すみれちゃんとゆきさんからのメッセージを伝えても

らいました。

 

すみれちゃんが 赤ちゃんとお話しして、それをママに伝えるプチプチセッションもあ

りました。生後五ヶ月の男の子、妊娠五ヶ月のママのお腹の中にいる赤ちゃん。

すみれちゃんは、お話ができるのですよね。

 

大門正幸先生は、「歌う大学教授」

ご自分で、感じたメッセージに曲をつけてしまうという スゴい才能の持ち主。

CDもだされていて、事前に購入しちゃいました。

先生の歌声も、やわらかく温かく、そして力強く、癒されます。

難しい研究のお話も、歌とそしてかわいいイラスト、パワーポイントで、すんなりと心

に入ってきました。

ある筋からは、「歌、禁止」 もっと、真面目に詳しく話をして下さいと言われること

もあるそうですが、凡人の私には、難しい話しより分かり易い(笑)

 

最後に、すみれちゃんと大門先生の歌、3人でのトークセッション。

このときには、会場の皆さんで歌うことも設定して下さっていて、皆で声を合わせて盛

り上がりました。

もちろん私も、CDを聴いていましたので、一緒に楽しく歌いました。

 

13時から17時までという結構長い時間でしたが、あっという間でしたよ。

 

宇宙と地球、魂と人間、不思議なことだけれど、

私は魂を成長させていきたいな

自分の使命を果たしていきたいな

地球を豊かで楽しくしたいな

なんて、思っているのです。

 

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(主催者の すなやまさんのFacebookより)

ここの会場は、照明も素敵で、一層盛り上がりました。

 

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(最後の撮影会で。)

すみれちゃんの持っている花束は 卒業のお祝いに大門先生からのプレゼント。

 

ボタンの掛け違い その2

前回、我が家の義母と義弟のことで、ボタンの掛け違いから

ひきこもりになった話を書きましたが、

我が家では 夫と息子のボタンの掛け違いもあったのです。

 

息子は長男(田舎では跡継ぎ) 男の子が生まれて夫は喜びました。

二人目は娘でしたから、可愛いといっても女。

息子をしっかり育てなければと夫は思ったのですよね。

 

男の子は晩熟で、しかも総領の甚六で少し息子はどんくさい(ADHD傾向)

女の子は早熟で、しかも娘は負けず嫌い、お兄ちゃんより上手く物事をこなしていく。

 

となると、夫は息子を何とかしなければと思います。

しかも、担任から、「躾がなっていない。」と言われたことを聞けば益々です。

 

すると、「褒めて育てる」というより、「叱る」ことが増える。

スパルタ教育になる。

 

息子にとって良かれと思ってやってきたことなのに

息子にとっては辛いことになる

息子が大切だからと思ってやってきたことなのに

息子は、自分のことを認めてくれていないと思い込む

息子をしっかりして欲しいと叱れば

息子は、自分はだめな子なんだと思い込む

息子を甘やかしてはいけないと思ってやってきたことが

息子は嫌われていると思い込む

 

なぜ、こんなボタンの掛け違いがおこるのか・・・

 

確かに息子のことを思って・・・良い子に育てたかったのだけど

しかし、本当は夫の都合の良い子に育てたかっただけ

 

でも、そのときの夫はそれに気づいていなかった。

 

夫だけでなく 

親は皆、子どもを良い子に育てたいと思っている。

でも、親の都合の良い子になっていることを 親は気づいていない。

 

感性の鋭い子は、義弟や息子のように

それに気づいてしまう。

 

これは、理屈でなく 感覚

 

私も、カウンセリングを受け、心理の勉強もして

そのことが、分かってきました。

義弟や息子のおかげで、勉強をし、気づき変わることができました。

 

親子でボタンの掛け違いがあった場合

子どもを直そうとするのではなく

親が自分を見つめ治し、自分が変わっていけば

 

子どもも自分を見つめ、自分から治っていきます。

(まだ小学生以下であれば、自然に感じとって自然に治っていきます。)

 

 

ボタンの掛け違い

今日は 先日亡くなった義母の二七日でした。

 

今、色々思い起こしてみると、何とかしてあげられなかったのだろうかと

後悔することが一つあります。

それは、義母と義弟との間の ボタンの掛け違い。

 

司会の女性が、葬儀を義母の生前の話をして締めくくりたいと言われ、

前日、夫と私に話を聞きました。

そのとき、義母の苦労の話や頑張って来た話などをしました。

 

葬儀最後のナレーションに

司会の女性がしんみりと

「ミシンの内職をし、ご主人の仕事の手伝いをし、畑仕事もしながら、

 お子様がたを育てあげられた優しいお母様。」

と言われたのですが、それを聞いていた義弟が葬儀の後に

「実際は 違うけどな。」

と、息子と娘と私につぶやいたのです。

 

義母は、子どもを4人産んでいます。

長女を1歳のころに亡くしています。

その後、主人が生まれ、そして、流産も何回か経験したようです。

主人の下の弟は、生まれて直ぐに病院のミスで亡くなったようです。

そして、やっと無事に生まれた待望の義弟。

義母は40になっていたようです。

 

 

義母は何かことがあると

「恥ずかしいけど、うちは、まだこんな小さい子があるからいかんわ。」

と、周囲に話をしていたようです。

義母にしてみれば、ただ謙遜して発した言葉だったのでしょうが、

傍らで聞いていた義弟は、

「おれは、いらん子だったのだ。」

と思い込んでしまったのです。

何人も子どもを亡くして、やっとできた子。

可愛くてしかたないはずですし、愛情一杯に育てたはずなのです。

 

義弟が小さい頃は、家に住み込みの従業員もいて、義母はその世話にも忙しく、

義弟は淋しい思いをしていたのかもしれません。

 

また、中学生のときは、義弟が相談しても、自分が学歴がないために自信が無く、

「そんなこと心配ない。」

「兄ちゃんの言うことを聞いていれば、間違いない。」

と、優秀で有名大学を出た夫に丸投げしてしまったのです。

夫は、中学生頃は義母に色々相談することなく、自分で考えて行動していたのでしょ

う。夫と義弟は性格が違うことを義母は見逃していたのかもしれません。

 

義母に義弟を頼まれた夫は、自分が苦労して勉強したノウハウを教えようと、

義弟の気持ちを聞かずにスパルタ教育をしてしまったのです。

 

その結果、有名大学に合格したものの中途退学し、

その後、身体を壊し精神的にも追い込まれ、

ひきこもり状態に陥り、苦労してきたのです。

 

前記のことは、義弟から直接聞いた話です。

夫や義母にいくら訴えても、分かってくれないと・・・

私は、義弟の気持ちが分かったので、話をよく聞いていたのです。

そして、義母の立場も理解できたのです。

 

ですから、義母に義弟の話をしましたが、理解してもらえず、

反対に、義弟の話をするから嫌だ、怖いと、避けられてしまいました。

 

義弟にも、「お母さんの気持ちは~だったと思うよ。」と話しても

「そんなことはない。」と、否定されてしまいました。

 

二人の気持ちが分かった私が、

何とかもっと上手く、話ができなかったのだろうと思ったのです。

義母が亡くなる前に、

二人の気持ちのすれ違いを何とかできなかったのだろうと思ったのです。

 

話は戻りますが、ひきこもってしまった義弟に何とか元気になって欲しいと思い、

遠隔でエネルギーを送ることができると聞いて、

私は、宇宙エネルギーの世界に足を踏み入れたのです。

 

幸いにも義弟は、スピリチュアルの世界に興味をもっていたので、

私がエネルギーを送ることを受け入れてくれて、

遠隔でも、私の送るエネルギーを感じてくれました。

そして、少しずつ身体の回復の兆しも見えてきました。

 

そんなとき、エネルギーの先生が

義弟の住んでいる近くの市でも始めるという話を聞いたので

義弟にも話しました。

義弟は何とか、毎月、エネルギーを受けに行くことができました。

何回かして、義弟から「親父の写真を送って欲しい。」と連絡がきました。

先生から「じっと見守っている男性がいる。」と、言われたそうです。

その人物の様子、顔つきを聞くと、義父ではないかと思ったそうです。

そして、何枚か写真をメールで送りました。

一月後、その写真を先生に見せると、やはり義父だったのです。

 

ずっと、家族から見放されてきたと思っていた義弟が

家族の愛情を感じることが やっとできたのです。

そして、義弟は回復していきました。

 

でも、義母とのことは、まだボタンを掛け違ったままなのです。

義父も亡くなってから、義弟と心が通じたので、

義母ともきっと何かの機会に通じ合えることができるといいなあと思います。

本当に幸せになるために、早く通じ合って欲しいと思います。

私が手助けできることを探っていきたいと思います。

 

義母の死 そして 残してくれたもの

 

2月24日(日)朝6時に 義母が暮れから入院していた病院からの電話。

血圧が下がり、血中の酸素濃度も低い、心拍数も安定しない。

昇圧剤を入れていただいて、少しもちなおしはしたものの・・・

医者はいつとは言われないが、いつ逝かれてもおかしくない状態には変わりない。

 

そして、翌25日朝、通勤途中に病院へ寄ると、

受話器を持った看護師さんに呼び止められました。

「今、お宅に電話をかけていた。」と。

そして、私一人が義母の最期を看取りました。

 

義母は75歳のころ心臓にペースメーカーを入れたものの

他に病気になることもなく、畑仕事をし、趣味を楽しみ、ずっとお元気でした。

でも、少しずつ体力もなくなり、認知症の症状もでてきたかなと、

私が、勤めて昼間はお世話ができないので

デイサービスに通っていただいたのが もう92歳になってから。

 

96歳で認知の症状が進んできたころ、グループホームにお世話になりました。

かねてから、ケアマネージャーさんに入所の予約を勧められていたので予約してあった

のですが、丁度空きができたのです。

一昨年の暮れ、大腿骨を骨折した後は、措置替えで特養にお世話になることができました。

 

私は、義母の介護の苦労をほとんどすることなく、働くことができました。

幸せだったと思います。

 

義母は腰に褥瘡ができ、暮れから3週間ほどという予定で入院していたのです。

しかし、褥瘡はよくならず、食べものも受けつけなくなり・・・。

褥瘡ができた時点で、体力も、免疫力も、治癒力も 落ちてきていたのでしょうね。

99歳という年齢を考えれば、致し方ないこと。

6月で100歳を迎えられるはずでした。

 

10年前、90歳を迎えたころは、「100歳まで余裕かな。」なんて家族は思ってい

した。大台を超えることはなかなか難しいものですね。

 

葬儀も滞りなく27日に営ませて頂きました。

 

 

今、義母とのことを振り返ってみて

義母に教えてもらったこと・・・

 

人生はいろいろ と、いうことでしょうか。

 

私は、結構裕福な家庭で、何不自由なく幸せに暮らしてきました。

私の両親は 横浜の都会出身。街中で商店を営む家でした。学歴もありました。

サラリーマンの父は転勤もありました。

愛知県の田舎(父の会社の工場の社宅)で生まれ、

東京(社宅)で小学生時代を過ごした私。

その後、岐阜(これも社宅)へ来た私たち家族。

そのまま家を建てて岐阜に住むことになりました。

 

そして、結婚して、自分が生きてきた世界とは全く違う世界を知ることになりました。

 

なんと 高等小学校卒業後「奉公」

江戸時代、明治時代の話だと思っていた私。

義父も 義母も 苦労をしてきた人でした。

 

職人の腕一つで、今の家を築き上げた義父。それを支えてきた義母。

親戚の人に、地域の人に、負けないようにバカにされないようにと頑張って生きてきた

ようです。

社交的で 世話好きで よく働く義母でした。

 

優しいところもありましたが、

育った環境・生活習慣が違うのでぶつかることもありました。

子育てでは意見がちがうところも多かったです。

でも、世話をして頂いている嫁としては、遠慮してしまうところが多かったです。

 

 

 

そんな中でおきた 息子の不登校

私は、仕事に行かなければならない。

一日中 息子をみていた義母は どんな思いだったのだろう。

きっと 辛い気持ちだったのだろうと思うけれど、

それを口にされたことはありませんでした。

私を責めることはありませんでした。

私がいろいろ息子に対して動いていたことに、口を挟むことはありませんでした。

ただ、夫と私の意見が違うと、夫の味方をしていたことは確かでした。

そこまで考えはないのですが、ただ古い考え方で。

 

息子が 完全にひきこもりから脱出して独り立ちをしようとしている今。

義母はそれをあと一月なのに見届けることなく逝ってしまったけれど、

そうなることが分かって、安心して逝かれたのかもしれない。

天から見届けているのかなあ。魂が。

 

私は、息子のことでいろいろ大変なことがあったけれど、

義母はそれを分かっていて、介護の苦労はかけないと思ってくれたのでしょうか。

神様は、どんなことも見守って下さって、そうして下さったのかなあとも思います。

 

義母は 孫育てから離れて、いろいろ趣味を楽しんでいたけれど、

今、私も 同じようにいろいろ楽しんでいます。

義母の生き方に、教えてもらったこともあるし

反面教師としているところもあります。

人の生き方をみて、自分がそれをどう思うか、どう取り入れるか、

自分自身の心のありようかなと感じています。

 

 

 

 

 

2週続けて 心の勉強会

土日の二日間 また心の勉強会(弥勒様)に参加してきました。

 

この勉強会は A、B、C、D、Sの5コースがあります。

どのコースも 年に数回あり、一年間に5コースを全部修了すると、修了証がいただけ

ます。

 

私は、昨年の7月から参加し始め、7月A、9月C、11月S、2月Bと終わり、今回

のDで全てを終えることができました。

 

最後にDを受けたのには訳があったのです。

 

A、B、C は 講義中心で3日間。

Sは スペシャルのS 2日間。講義+誕生日会ケーキプレートつき

 

そして、Dは デラックスのD。

講義は他の4コースより少なく、ゲームがあり

そして、お風呂も特別。

その上 最後の食事がフルコースメニュー。

勉強というより楽しいことがいっぱいのDコース。

狙っている方が多く、早く申し込まないとキャンセル待ちになる状態。

今回で5つのコースが修了する方が私も含めて参加83名中24名。

それほど、皆さん楽しいDを最後にと思っているのです。

 

勿論、自分が得たことは、今回もありますよ。

 

おもしろかったのは、ウルトラマンの話

講師の先生が円谷プロに直接聞いたので、間違いないとか、

ウルトラマンは 地球の平和を守るため 光の国からやってきた

ウルトラマンは 弥勒様がモデルなんだそうです。ビックリ

いろいろ、モデルになったところを聞きましたが、そこは置いておいて

モデルの話が本当かどうか? 本当ならスゴい!のですが

笑いながら楽しくお話を聴きました。

 

ウルトラマンの場合は

怪獣や宇宙人を退治する 消す

 

 

私たちの場合は 煩悩を消そうとする しかし消えないばかりか 益々燃え上がる

消そうとするのではなく 降伏させる=味方につける

                味方につければいつも傍らにいて手助けしてくれる

煩悩はあるものとして無理になくそうとしなくてもいい。傍らに置いておいて

自分の良心で進めていけばいいい

 

あとは 漢字の話から

 

光という字は 人の頭が光り輝いている 良心の喜びの光を表している

 

喜 は ご馳走を食べている 感謝をもって受け止める

 食物の好き嫌いをして偏れば 栄養にならず病気になる 喜んで食べると栄養になる

 人の好き嫌いをしていれば 上手くいかず 喜んで接していれば世の中上手く回る 

 

そして、いよいよ最後のランチ。先生を交えて楽しいお話をしながら

今回は中華のフルコース

 

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これは、全てベジなんです。

ベジとは思えない。とっても、美味しかったです。

満足でした。満腹でした。幸せです。

作って下さったのは、本職ではないのですよ。感謝です。

ココロ文字 8回目 

 

今までは先生や先輩のペンをお借りしていたのですが、

  初めて自分の色ペンを持って参加しました。

  ちょっとウキウキした気持ちで。

仕事の都合で30分ほど遅れての参加になりました。

 

今回のココロ文字は

バレンタインデーとひな祭りがテーマでした。

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バレンタインデーの作品は

ハートに切り抜いた型に合わせて文字を書くという初めての課題

難しかった。何とか形を整えて、誤魔化して・・・

書いた文章は 百人一首より崇徳院の歌

ハートの中に百人一首 先生のセンスすごいなあ。

 

おひな様の作品は 中央に寄ってしまったかな。

幼子の成長を願う温かい気持ちですね。

 

時間が足りなくて 練習があまりできないまま本番になってしまいました。

  言い訳 (^^;)

 

でも、それなりの作品ができるところが 楽しいです。

 

皆さんの 作品です。

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心の勉強会に参加してきました

 連休の3日間、心の勉強会(弥勒様)に参加してきました。

 

この会に参加するとき、まず「おみくじ」を引いています。

このおみくじはよく当たるのです。

というか、自分に今必要なことを教えてくれます。

そして、勉強会でそれを解決する糸口に気づくことができるのです。

 

今回のおみくじのことばに

 「泰然自若の心を培うべし。こだわりは運気を低下させる。

  とらわれなき大きな度量で臨めば、人望集める得る年となる。

  常に慈しみの笑顔に心すべし。」

と、ありました。

 

私は毎朝、心がウキウキ楽しくて、「今日も頑張ろう。」と思えるし

一日が終わるとき、「今日も良い日でした。ありがとうございます。」とベッドに入る

ことができます。

自分では、変わることができたと思っていたのです。

 

でも、これを読んだとき

「天はお見通しだなあ。」と思ったのです。

 

確かに、この勉強会に参加してから

自分がなんとなく ひきこもりの方やご家族をお手伝いできたらと思っていたのが

〇〇をやるといい とか □□に参加してみようとか 直観的に動くことができ

それが 自分のやりたいことに繋がり 具体的な線になってきたのです。

 

そして、自分が積極的に明るくなったことで、お友達も増えてきました。

 

また、自分が動いたことで夫婦関係も改善し、息子と夫の話し合いも持つことができま

した。

 

こんなに、いいことばかりで自分を変えることができ、毎日楽しく暮らしているのに

 

それでも、自分の思いを人には伝え切れていなかったのです。

自分の心を誤魔化して隠していたのです。

「こんなこと話したら、どう思われるかな。」と

本当は、誤魔化していた自分を知っていたのです。

 

自分が良いと思ったことは伝え

「自分のように他の人も幸せになってくれるといいなあ。」と

本当の自分の心で感じたまま行動すればよかったのに・・・

 

お話を聴きながら

心がスッキリしていくのを感じました。

 

今回は、帰りにもおみくじを引いてみました。

 「今迄の尽力が実る年となる。

  すべきことは何か、その方針を見極め、堅持することが成功につながる。」

と、ありました。

こだわりを捨て、自分が今まで行ってきたことをもとに、これからすべきことは何かを

考え、ぶれずに進んでいきたいと思いました。