ありのままの あなたで

不登校 ひきこもりは 家庭の宝

自分のことを好きになること

今週のお題「大人になってから克服したもの」

 

今週のお題をみて、不登校・ひきこもりの方やそのご家族にも

お聴きしてみたいと思い

私も書いてみることにしました

 

不登校・ひきこもりって

自分が思ったようにできない

不登校になりたくてなったわけじゃない

好き好んでひきこもっているわけじゃない

本当は学校へ行きたいのに行けない

働きたいのに外へ出られない

人の中にいると緊張する

人が信じられなくて怖い

 

などなど

 

思い通りにできない自分がいや

できない私はだめな人間だ

自分が嫌いだ

 

自己否定してしまいますよね

そして、負のスパイラルから抜け出せなくなり

益々落ち込んで 心を病んでしまうことも・・・

 

そうすると

不登校・ひきこもりから抜け出せなくなってしまう

克服できなくなってしまう

 

だから、克服するカギは

自分のことを好きになることではないかと思うのです

いいところも頑張っていると思うところも

情けないと思うところもダメだなあと思うところも

色々あって自分

人間は完璧じゃない 神様ではないのだか

嫌だなあ、できていないなあ、情けないなあと言うところは赦して

頑張ってるなあ、真面目にやってるよね、上手くできてるよなどと思うところは褒めて

これがありのままの自分だ これでいいんだと

自分を好きになれたらいいなあと思うのです

私もしばらく前までは私のことが好きではなかった

それは、私は気が小さくて人前にでると緊張して思うようにできなかった

子どものころは勉強で分かっても手を挙げられなかったし

発言するときはドキドキして上手く話せなくて

そればかりか、手が震えてそれも恥ずかしかった

(まだ最近まであったことです)

 

皆が集まって楽しくお喋りしているときも

私は聴いているだけで 話の輪に入っていけなかった

 

そのうえ、私の名前は 晴子

「晴れ」というのは 明るくて爽やかで元気なイメージ

私は私の性格と全く合っていない自分の名前まで嫌だった

 

子どものころから、自分のことが「嫌」と自信が無い人は

大抵、子どものころに何か厳しく言われてきた

いじめにあった

人と比べられてきた 

馬鹿にされたことがある

等々 自分に自信がもてないことを体験してきたと思う

 

私の場合は、厳しく言われたわけでもない、いじめられたわけでもない

人と比べられたわけでもない 馬鹿にされてわけでもない

 

それなのに何故自分に自信がないの?嫌いなの?

 

~すべきとか こうあるべきとか こうありたいとか

そういうことに縛られてきていた

心理学でいうと エゴグラムの5つの自我で

フリーチャイルドの面がすごく低かった 

本来の子どもらしい自由で明るい活発さがない

アダルトチャイルドで従順な子どもだった

 

私は明るくなりたいと

鏡の前で笑顔をつくり

自分は明るいと毎日言っていた

そういう方法をTA心理学の松井直輝先生に教えて頂いた

 

そうすると脳は馬鹿だから

自分はそういう人間だと錯覚させてくれる

事実 そういう自分がいることに気が付いた

鏡の前で自分の好きな歌を歌い、踊っていた

 

脳に明るいと思わせても

私の場合は、厳しく言われたわけでもない、いじめられたわけでもない

人と比べられたわけでもない 馬鹿にされてわけでもない

 

どうしてこうななったのか

自分の子どもの頃の些細なできごとを思い出してみる

自分が嫌だったことは何 傷ついたことは何?

自分がいいなあと思っていたことは何 嬉しかったことは何?

 

幼少期に嫌だったことは結構思い出せる 

人間自分の身を守るために危険なこと・嫌なことは覚えるようにできているから

・保育園のお遊戯会で 

 船頭さんの踊りを踊らされてしかも写真撮影の時胡坐をかかされた

・保育園のお遊戯会ではいつも主役級をやっていたのに、

 東京に引っ越して端役になってしまった

・顔が丸いというか四角い お祖父ちゃんにお盆に目鼻と言われた。

・3姉妹で姉は美人型・妹は可愛いと自分で思っていた。

・私だけ前髪を伸ばしておチョンボを結っていた。

・脚がO脚

・小1のとき、前にでて黒板に時計の針を描くとき、私の時計だけ先生が下の方に描き直した。届くのに嫌だった。背が低いということ。

・小学校の運動会では足が遅くていつもビリ。姉妹の中でも私が一番遅かった。

 

周囲の人が悪いのではないのに勝手に自分で傷ついている。

他人のことをいいなあとうらやましく思っている。

 

反対に良かったこと 嬉しかったこと

・勉強はかなりできて、姉妹でも一番成績が良かった

・いつも学級委員に選ばれていた

・図工も得意で、作品展に出品してもらい いつも入選していた

・父が晴子が男の子だったらと言っていたらしいことを知った

(父が期待してくれている)

・母が美味しい料理をいつも作ってくれる

・私たち3姉妹の洋服を作ってくれる

・毎年旅行に連れて行ってくれる

 

自分が恵まれていることを実感できた

 

自分で勝手に傷ついて 嫌だなあと思い

自分が恵まれてきたことを勝手に理想として

こうありたい、こうあるべきと自分で思い込んでいたのだなあと思った

 

人間生まれたときは 

親を頼って愛情に包まれて幸せだったのだと思う

だからそのころは「明るく元気で楽しく暮らしていた」

でも、成長とともに周囲の影響で色々変わってくる

自分の考え方も変化してくる

それでいいのではないかな

そのときの感情も成長してきた証だから。

 

私の中に 色々な私がいるけれど

それが全て私であって ありのままの私なのだなあと思う。

そう思ったら 「自分のことが好きだ」と言える私になっていた

自分ごとではなかったこと

不登校・ひきこもりは誰にでも起きる」

この言葉は 今 常に言われています

 

でも、何もないときは 

この言葉が耳に入ってこない

目につかない

 

私は我が家に起きたことなので

不登校・ひきこもりに関すること

生きづらさに関すること

福祉に関することには敏感で

TV番組や新聞でそれに関することが出てくると

直ぐに気が付く

NHKではよく扱ってくれる

中部地方の新聞 中日新聞でも 特集を組んでいることが多い

 

8月4日(日)に

私が設立した岐阜市市民団体「心のほっとサロン」主催でおこなった講演会

「親から始まるひきこもり回復」

の取材をNHK岐阜放送局と中日新聞(岐阜近郊版)はしてくれた

 

 

NHK 岐阜放送

 

中日新聞 岐阜近郊版

 

でも、あの頃の私も

自分ごとではなかった

 

義弟が「気を付けないと俺みたいになるよ。」と言ってくれていたけど、

私は気を付けているから大丈夫だよと

安易に思っていた

 

息子が学校へ行きにくくなったとき

これはヤバいかもと初めて自分ごとになった

そして

実際に行くことができなくなったとき

私の場合はその原因がおおよそ分かっているとはいえ

自分がどうしたらいいか分からなかった

通勤途中 涙が出て止まらず

仕事を休んでしまったことも2回ほどあった

 

まだ、「登校拒否」と言われて増えてきた時代

本人の「甘え」とか

「親の育て方が悪い」とか言われていた時代

高額の料金で「引き出し屋」が流行った時代

でも、それで悲しい事件も起きた

(今も再び増えているようなので、ご注意を!)

 

そして、今も社会ではそう思っている方が多い

だから、「不登校・ひきこもりは悪いこと」と思い

隠そうとする方や相談しにくいと思う方も多い

 

子どもが行き渋りをしたとき

親がどう取り組んだらいいか

親の対応の仕方を今は教えてくれる方がたくさんいる

それは 不登校・ひきこもりが増え続けているから

だから、そういったことに耳を傾けて欲しい

自分ごとと思って欲しい

 

不登校・ひきこもりが

長引くかどうかは

親の取り組みにかかっていると言っても過言ではないと

体験者として思っている

 

子どもは一人の人間として

社会で生きてきて 

親とは違った立場で

人間関係をつくり

物事を色々感じ、考え、ときにはストレスも受けているのだから

 

夏休み終わりと台風10号

またまた半年ぶりのブログです

 

9月に入りましたね

8月も終わり近づいてきたころから

世間では子どもたちの悩み相談の呼びかけも多くなりました

 

そして全く更新していなかったこのブログのアクセス件数が急に増えました

やっぱり心配ですよね

 

夏休みは宿題があるとはいえ、

自分のペースで自分が好きなことを楽しめる時期

 

学校では決められたことを皆と一緒にやって

何だかよく分からないけど面白くない

思いっきり楽しめない

やりたくないな

先生や友だちに気を遣うのも面倒くさい

疲れるな ストレス溜まるな

なんて思っていた・・・

 

その世界に戻らないといけない

そう思うと 

行きたくないなと思う子もいるかもしれない

 

親はその反対に

早く学校に行ってくれると楽❣

毎日一日中子どもの相手は大変 

昼ごはんも考えないといけないし・・・

やれやれ

なんて

 

そこで、子どもが

「学校へ行きたくない!」

なんて言ったら、大慌てですよね。

 

息子は6月に行けなくなったので

夏休みはとにかく外へ連れ出してはみました

9月・・・ やっぱり行けないよね

その頃には 私ももう覚悟ができていて

そのまま受け入れました

 

さて、私の子ども時代はどうだったかな・・・

夏休みは楽しかった

家族で旅行に行けたのは夏休みくらい

宿題の自由研究は母も一緒にやってくれたし

学校が始まるのは嬉しい方ではなかったな

でも、そこまで嫌でもなかったし、

学校は行くものだと思っていたし

 

今の世の中

自分が子どもだったころとかなり違う

私の息子のころとも違う

世の中が変わっているということは考え方も変わる

高度成長時代からリーマンショック就職氷河期

経済は低迷したまま

世代間ギャップがある

 

学生が起業したり

YouTuberを目指したり

スポーツではスケボーで10代の選手がオリンピックで活躍したり

eスポーツもオリンピック種目になるとか・・・

 

でも、学校の在り方は変わっていない

いや、社会そのものの考え方が変わっていない

私の子どものころのままかもしれない

いい学校へ行けば いい仕事に就ける

いや、私の子どものころよりもっと厳しくなっている

低迷の時代だからこそ 着実に収入の入る仕事に就いて欲しい 

だから教育だけはと思うのかも知れない

 

親が受けてきた教育が当たり前だと思っているから

自分が受けたことと違うことは

親も不安なんだよね。

 

ここから話が変わりますが

 

今回の台風10号で私が感じたこと

気象予報士泣かせの迷走だった

これは地球温暖化の影響があると気象予報士の森田さんが言われた

 

森田さんのお話では

台風が発生する亜熱帯では迷走をするらしい

 

↓ 以下森田さんのお話し

 

このような動きは、真夏に起こりやすい「迷走台風」そのものです。

実は真夏でも、上空の寒気が太平洋中部の上空にまで流れ込むことがあり、それが日本の南海上寒冷渦となって台風の発生に関与したり、台風の進路に影響を与えることはあります。また真夏は偏西風が北を流れているため、夏の台風は速度が遅いというのもよく知られています。

では、今回10号の動きがみせた違和感は何なのか。それは迷走の場所です。

「迷走台風」と言われた台風の一例 出典:ウェザーマップ「迷走台風」と言われた台風の一例 出典:ウェザーマップ

過去にも「迷走台風」と呼ばれたものはいくつもありますが、上の図のように、その多くは日本の南海上で起こっています。

例えば左図の昨年6号は沖縄近海(北緯25付近)で西へ進路をとり、そのまま大陸へ進むかと思いきや、東へUターン、その後本州へ上陸かと身構えていたところ、本州を避けるように東シナ海を北上するという迷走っぷりでした。

今回と比較すると、10号は北緯35度付近で迷走しているので、その位置が約1000キロ北へ上がっていることとなります。

 

ひとつひとつの現象は、そのときの気圧配置や上空の流れ、海水温などで説明ができますが、大きな目線でいうとこれは気候帯が北に上がっていると言えないでしょうか。

温暖化が進むと、台風の移動速度が10%遅くなるという研究結果もあります。

なんでも温暖化に原因を求めるものではありませんが、温暖化という気候帯のズレが、台風の迷走位置にも影響を与えている、そんな可能性があるのではないかと思えてなりません。

 

このお話を聴いたとき

気候帯のズレを世代間ギャップのように感じてしまった私

迷走しているのが子どもたちのように思ってしまった私

ちょっと変?かもしれないけれど、ふとこう思ったのです。

 

人は色々思い悩むこともあるけれど

偏西風(社会の在り方)に乗ってしまった人は

まあこんなものかと、そのまま流されていく

 

熱い水蒸気をどんどん吸収して勢力を増して(大きな疑問を感じている子は)

大きな渦を作って(いつまでもぐるぐる回って迷ってうろうろしている)

その結果やがて熱帯低気圧に変化(色々迷ったまま自分なりに悩み・問題を昇華)

していくのかなあと

 

こうやって文章にしてみるとピタッとこないところも多々あるけれど

夏休みの終わりと迷走台風が重なったので ふと感じたことでした・・・

 

私が勝手に感じたことでした

失礼しました

 

 

 

心のほっとサロン

4月に入りました。新しい年度の始まり、心を新たにしてスタート。

私も 岐阜市市民活動団体 あなたの居場所「心のほっとサロン」を立ち上げて1年が経ちました。

 

昨年度、活動場所も決まっていないままの立ち上げでしたが、立ち上げた理由や活動方針・内容は2年前、半年前のブログで発信していました。

 

 

sunnykm-aktm-1422.hatenablog.com

 

sunnykm-aktm-1422.hatenablog.com

 

 

1年経って私が一番行いたいことは

「心のほっとサロン」の活動を皆さんに知って頂きたいことです。

 

それは「8050問題」に関わることです。

不登校・ひきこもりの人口は増えています。

毎年「不登校」になる人は増え続けていて

「ひきこもり」から脱出する人は少なく 長引いています。

そして「8050問題」が深刻化しています。

 

不登校については理解も深まり

学校での対策 親の心構えなど

公も民間も 多くの対策をしています。

そして、フリースクールも多く誕生してきています。

 

ひきこもりについても

厚生労働省からのひきこもり支援推進事業など対策がとられ

相談のできる「ひきこもり地域支援センター」の設置

(岐阜市ではひきこもり相談室)

若者の居場所や家族会の活動も増えて

就労支援との結びつきなどネットワークづくりなどができています。

 

しかし、「8050問題」解決に必要なことには

大切なことが抜け落ちていると感じています。

 

ひきこもりが問題になった30年ほど前からの考え方や支援が尾を引いています。

70歳、80歳になっている親はまだその頃の考え方のままなのです。

相談に行っても、そのときは話を聴いてくれても 継続支援が少なく何も変わらない

そして、諦めてしっまっている方が多く

「親が死んだら・・・」と支援を受けられるようにと動いている方が多いと思います。

 

抜け落ちていることは

人の社会は「家族・家庭」しかなく 親の在り方が大切だということ

その親を支援することが支援団体・社会にとって必要なことではないかと思っています。

今まで見落とされてきた根本解決の方法であると

我が家がお世話になったカウンセラー故桝田宏子先生が

30年のカウンセリングの中から生み出したものなのです。

~親育ち・親子本能療法~

がそれで、私はそれに基づき相談活動を行っています。

 

私がカウンセリングを受けて 息子が回復し

今は 自分で資格を取り仕事を見つけ、結婚もして家も買い、幸せに暮らしているからです。

そして、私もこうして「ひきこもりの方をもつご家族」を支援したいと動いているのです。私の人生も息子の不登校・ひきこもりから 生き甲斐のあるものに変わったのです。

 

 

 

 

 

 

 

9月17日 亡き父に感謝

9月17日は 私の亡き父の誕生日です。

 

大正7年生まれの父です。

8年前に 享年98歳で旅立ちました。老衰、大往生でした。

 

でも、父は生きるか死ぬかの出来事を何度も潜り抜けてくれました。

父が生き抜いてくれたからこそ、私は生まれることができたのです。

今の私がいて、私の子どもたちへと命を繋ぐことができました。

ありがとうございます。

 

父は気が短いところがあったと母は言いますが

私たち姉妹には穏やかで物知りで色々教えてくれました。

会社の方たちへの面倒見も良く、慕われていたようです。

そういう父にも感謝しています。

わたしにとって男性の理想像、父親の理想像でした。

 

父の母、私にとっては祖母ですが

身体が弱く、父が幼少のころに亡くなったそうです。

身体が弱くても父を生んでくれた祖母にも感謝です。

 

さて、父の生きるか死ぬかのできごと

 

父は横浜生まれです。

そう、9月1日の関東大震災

家が倒壊したそうです。

まだ、幼く体が小さかったので、梁の隙間で助かったそうです。

 

太平洋戦争にも行きました。

父は軍隊生活のことを話すことは全くありませんでした。

思い出したくない大変な悲惨な経験だったのだと思います。

88歳の米寿のお祝いをしたとき、初めて皆の前で語ってくれました。

まずは大陸に派遣されたということです。

父はこんな戦争で無駄死にはしたくないと思ったそうです。

 

父は理系の専門学校出でしたから

トラックの輸送部隊に志願し トラックの運転や整備を習い

補給物資を運んでいたと言います。

 

それでも前線で戦わなければならないときもあり

敵の弾をかいくぐる時には塹壕でヘルメットを脱いで

それを銃剣でかざして

敵が撃ってくる合間を縫って移動したそうです。

その方法で部下も助けたそうです。

 

戦争が日本不利になっていったとき

父の部隊はインドネシアに行くことになりました。

何隻かの船が渡ったのだそうですが、ほとんどが撃沈させられ

父の乗った船だけが無事にインドネシアに着いたのだそうです。

 

ジャングルの中での戦い

そして終戦

父はマラリヤにかかっていました。

帰国してからも苦しんでいましたが、命はとりとめました。

 

若いころに苦難を味わってきた父。

その後は高度経済成長期に企業戦士として働き

会社での地位を築いて成功していきました。

私たち家族は何一つ不自由なことはなく幸せに暮らしてきました。

私たち姉妹は進む道も自分自身で決め、

父がレールを敷くことはありませんでした。

 

私の息子が不登校になったとき

多くの家庭の父親が一般常識や世間体で

「お前の教育が悪いからだ。」

と、母親である娘を責めることが多いのです。

ですから、誰にも相談できず悩む家族が多いのです。

が、父は何も言いませんでした。

 

それどころか、父は私の願いを聴いてくれたのです。

私は息子に好きなことをやらせてあげたいと思ったのです。

息子は鉄道が好きで小さいころから鉄道模型で遊んでいました。

ジオラマも作っていました。

大きいのを作りたいと言うので、ジオラマの台を作って欲しいと頼みました。

実家のガレージで父と息子と二人で作っていました。

(我が家はそんな雰囲気ではありませんでしたから)

大き過ぎて未だ完成しないジオラマ模型 
ひきこもっていたときは好きなことにも手を付けることができなかった息子
それだけエネルギーが落ちていたのだよね。
今、息子が来ると少しずつ増えてる?

本当に父には感謝しかありません。

息子も恩を感じていたのでしょう。

父がだんだん弱っていったとき、父が元気になってくれるようにと

色々考えてくれました。

 

父が亡くなったとき

私は夫とのことで悩んでいました。

それで初めて占いをしてもらいました。

自分の今後を視てもらいに行ったのですが・・・

何故か私の家族のことに・・・

父母や姉妹の誕生日

息子や娘の誕生日を聞かれました

 

そして、言われたことが

「お父さんを水難から守っていた人がある。」

「白い着物を着た若い日本髪の女性」

心当たりはないかと聞かれたけれど、そのときは???

 

帰宅してから、あっと思った

おばあちゃん!

若くして父を残して亡くなった祖母

明治生まれだから日本髪だよね

おばあちゃんが守ってくれたから父の船は沈まなかったのだと。

 

不思議な話だと思ったけれど、

私はおばあちゃんの愛情を信じた。

父を守ってくれてありがとう。命を繋いでくれてありがとう。

 

占い師さんは、私の根元(もと)である両親、祖先のことを

気づかせてくれたのかなあと今となっては思うのです。

息子や娘にとっての根元である夫と私

その私たちが揺らいでいてはいけないのだろうと。

 

 

 

 

発信し続ける 気持ちを新たにしました💓

皆さん、お久しぶりです。

な、なんと1年2か月ぶり

 

前回は2か月ぶりのブログです と書き始め 

そしてそれを書いたまま

今回は1年以上経ってしまっていた・・・・・・・・

 

前回「使命に近づく 波に乗る」という題名で

お世話になったカウンセラーさんからの薦めで

自分で相談活動を始める   

という決意の記事を投稿したまま・・・・・・・

 

この1年間、何をしていたのか・・・・・・・

 

決して何もせず ぼーーーーうっと していたわけではない

むしろ ずっと動いていた 相談活動もやってみた

決意を実現させようとずっと動いていた

動いてみたもの 上手くいかず もがいていたというか

 

そんなブロブなのですが、

もがきながら、新たに取り組み始めたことがあり

書いてみようかという気持ちになり

マイページを開いたら  えっ????

8月終わりからのアクセス回数が急に増えているのです

1年更新していなくても 1日10名ほどのアクセス

    (人''▽`)ありがとう☆ございます

ところが、ここ1週間は急に50名近く

9月4日(月)は100名近くのアクセス

夏休みが終わり学校が始まって 次の月曜日・・・・・・・

 

そうなのです、夏休みが終わり

学校へ行くことに不安を感じ

思いつめてしまう若者が増えてしまう時期

いざ始まって しんどさが現実となってきたとき

 

政府も報道を通じて「一人で悩まないで」と呼び掛けたり

新聞でも そういう記事を載せたり

TVでは 特番を組んだりしている時期

 

やはり、以前から私がお役に立ちたいと始めたこと

今それを前進させて行動していることを発信しようとしたことは

今の社会で必然だったのだと

 

今、私が取り組んでいることは

岐阜市市民活動団体「心のほっとサロン」の立ち上げ

昨年は一人で相談活動を始めたが上手くいかなかった

上手く発信できずに終わってしまった

そこで、私の考えに賛同して協力してくれる仲間と市民活動団体を立ち上げた

 

不登校・ひきこもりの方やその親御さんの居場所を作り

悩みを聴くこと相談に乗ること

ただ、そういう方々だけの居場所ではなく

地域の方などのごく一般の方も立ち寄り

小さな社会・コミュニティを作ることができる居場所

お互いが理解しあえる居場所

カフェもあり お茶をしながらのんびりしたり

楽しく話をしたり

イベントを開いて、

自分の好きなことを見つけたり挑戦したり

カフェやイベントのお手伝いをして

働く体験をして自信をつけること

そして、働くことに繋げていくことができる居場所

不登校・ひきこもりの方々だけの居場所では

社会と繋がることができない

始めはスタッフだけとの繋がりでも 

社会と少しずつ繋がっていける居場所を作りたい

そんな思いを発信し続けていたら

先日やっと居場所にするカフェが見つかった(∩´∀`)∩

オーナーさんが私と同じような思いをもった方だったのです

その方も ご自身が悩み苦労をされてきた方なのです

 

現在は「心のほっとサロン」のイベントとして

「勇者の祭典 2023 IN岐阜」11月11日(土)に向けて動いている

不登校・ひきこもりの人数は

息子が不登校・ひきこもりになった頃より益々増え、

8050問題が深刻化している、脱出できている方が少ないのです

その現実を知ってもらったり

解決のためには本人を動かそうとするのではなく

家族の支えが大切なこと、その家族を取り巻く社会の在り方が大切なこと

それを訴えるイベントなのです

私が今までのブログで発信し続けてきたことなのです

 

私が今までブログに書いてきたことは

不登校・ひきこもりを親子で乗り越えてきた体験

それをお知らせして

今悩んでいる皆さんに

大丈夫なんだと 希望や勇気をもってもらうため

家族の方に 安心してもらうため

 

だって、親の心配や焦りは 波動として 

優しく繊細で感受性が高い子どもたちにすぐ伝わって

子どもたちに罪悪感や自己否定を抱かせてしまうから

それでは、不登校・ひきこもりから脱出できないのです

 

現在、不登校やひきこもりが増えているのを

コロナ禍でコミュニケーションが制限された結果と言われるが

それが分かっているなら方法はなかったのか

制限してきたのは社会であり、もっと対策を考えるべきだった

子ども・若者を取り巻く社会の在り方の問題にすぎない

家庭・家族・親子関係の問題にすぎない

 

と、私は思うのです。

 

今、不登校・ひきこもり経験者でやはり心を痛め

自分の体験が役に立てばと発信者が増えていますが

私も「その親」として発信し続けていこうと改めて思ったのです

子どもの心も親の心も分かるからです

 

人目を気にしたり人と比べたり競争したり人と争ったりする必要はなく

自分のことをだめだと思ったり心配したりすることなく

安心して穏やかに暮らすことができる

ありのままの自分をみとめ好きになる

 

家族が楽しく暮らすことができる

家庭が明るくなる

 

人々が他の人を思いやり信頼する社会

日本中が・世界中が幸せになる

 

ささやかな幸せを感じることができる

 

そんな世の中を目指して

発信し続けたい

 

 

 

このブログを書いていると

夫が手紙を持ってきた

驚きのショックな内容の手紙だった

息子が我が家がお世話になったカウンセラーさんの

訃報 Σ(・□・;)😢

そのカウンセラーさんに出会わなかったら

今の息子はいなかっただろう

私も変わることができなかっただろう

我が家の幸せはなかっただろう

 

私に相談活動を薦めてくれた方

カウンセラーさんから教えて頂いたこと

カウンセラーさんから受け取ったことを

私は発信し続けていきたい

発信し続けます❕

 

 

 

お題「ささやかな幸せ」

使命に近づく 流れに乗る

2か月ぶりのブログです

 

ここ2か月で

私にとって目まぐるしい展開

 

息子が回復に近づいた4年ほど前から

生きづらさを抱えた方やそのご家族に

私の体験をお伝えし 元気になって頂くこと

それが私に与えられた使命だと感じてきた ☆彡

 

 

NPO法人仕事工房ポポロで

家族会や居場所のお手伝いをし

 

支援をするときに役立つだろうと感じたことは

カウンセリングなど色々挑戦し学んできた

 

そうやって取り組んできたことが

最近 嬉しい展開になってきた💓

 

 

当事者の悩んでいらっしゃる方々にお声がけをして

お話を聴いてきた

 

そんな方々が少しずつ元気を取り戻してくれている

皆さん波はあるけれど

少しずつご自分を認めるようになってくれている

 

そんな様子を見たりお話を聴いたりしていると

私も嬉しくなってくる

少しお役に立てているかなあ

 

 

家族会では

自分が開催している会ではないので

少し物足りなさを感じ始めていた

そして

今まで 私たち家族を支援してくださっていたフレンドスペースの講座が

このコロナ禍でしばらくなくなっていた

どうなるのかとカウンセラーの桝田宏子先生と電話をしていた

 

すると

「亀山お母さんがいた❣」

「???」

「お母さんが講座をやればいい。長年取り組んで結果を出しているのだから。」

「冗談はやめてくださいよ。」

「いや、大丈夫。勉強もしてきたのでしょ。そうしましょう。」

「私では、今まで一緒に学んできた方がついてきませんよ。」

で、電話は終わった。

 

しかし、そのあともフレンドスペースと相談したと電話がかかってきた。

私にできると言ってくださるなら

自分が使命と感じていることなのだから

チャンスを与えて下さったことなのだから

チャレンジする意味はある🌈🤩

 

チラシの見本もおくられてきた

何と、専門の先生方と同じ高額料金

それは無理でしょう

経済的に厳しい方もあるのだから

誰でも参加できる料金にしてくださいとお願いすると、

「親の本気度が大切。ボランティアでやっていると

 親御さんが助けてもらおうと頼ってしまう。

 これでは結果は出ない。

 親が覚悟を決めてやらないと。」

確かにそうだ。

私は自分の力で家族を変えたいとやってきた。

息子を追い詰めてしまった私たちが真剣に取り組まないとと思ってやってきた。

だからこそ、結果が出ているのだから。

 

料金設定は適正かなと思われる価格で相談して

新しいチラシ原稿が送られてきた。

以前の会員さんには送付済みとか

 

桝田先生がここまで準備して下さったもの

私は有難くその流れに乗っていく

最初から上手くいかないと思うが

あとは私の意志次第

自分の使命に対する気持ち次第 熱意次第

誠心誠意やっていくだけ

 

現場をご存じない机上の学習のカウンセラーさんより

体験した自分の強みを活かしていきたい

 

 

気になる方、ご連絡くださいね。